カチャカ誕生のストーリー:Preferred Robotics 代表取締役CEO 礒部 達インタビュー
Preferred Robotics(プリファードロボティクス 以下、PFRobotics)は、スマートファニチャー・プラットフォーム「カチャカ」を発売しています。この記事では同社 代表取締役CEOの礒部にインタビュー。カチャカのコンセプトやプロジェクト発足の経緯、そして開発の様子を、初めて明かすエピソードも交えながら語ってもらいました。
高度なテクノロジーを軸に、3つの価値を提供
――はじめに礒部さんの自己紹介と会社の紹介をお願いします。
私は“ロボット一筋”の人間で、大学院でロボット工学を専攻し、修了後は三菱重工やトヨタ自動車でロボット開発を手掛けてきました。2019年にPreferred Networks(プリファードネットワークス 以下、PFN)に入社し、ロボットプロジェクトのビジネス開発およびエンジニアリングに従事しました。PFNに入社したのは、2018年に代表取締役 最高経営責任者の西川が打ち出した「全ての人にロボットを」というビジョンに共感したからです。
このビジョンを早期に実現するため、2021年11月、PFNからスピンオフする形でPFRoboticsを設立することになり、私が代表取締役CEOに就任しました。PFRoboticsにはロボットの専門人材が集まっていて、産業用から家庭用まで暮らしを豊かにするロボットの開発を進めています。2022年9月にはアマノ株式会社と共同開発した業務用の小型床洗浄ロボット「HAPiiBOT(ハピボット)」を発表しました。カチャカはこれに続く2つ目の製品です。
――改めてカチャカについて、誕生の背景とともに教えてください。
カチャカは、ロボットそのものとしてではなく、上に載せるモノを主役とする「プラットフォーム性」をもった家具として企画・開発されました。このことを、スマートファニチャープラットフォームというコンセプトで表現しています。高度なテクノロジーを核として、「片付け・収納」「モノの運搬」そして「行動の習慣化」の3つの価値を提供します。
まず、片付け・収納の文脈についてお話しします。PFNはCEATEC JAPAN 2018で、アーム付きの「全自動お片付けロボットシステム」を発表したのですが、カチャカはこの片付けのコンセプトをさらに研ぎ澄ませたものと位置づけることができます。このシステムはトヨタ自動車が開発する生活支援ロボットHSR(Human Support Robot)を使っており、私は当時トヨタ自動車側に所属し、HSRのプロダクトマネージャーをしていました。
このシステムはモノを認識してつかむ、置く、動作計画を立てる、人の指示に対応するといった機能を持ち、散らかった部屋を片づけるものでした。しかしそもそもなぜ部屋が散らかってしまうかを考えると、そこには必ず人が介在しています。忙しかったり疲れている時、ついつい使ったモノを元の場所に戻さないから、散らかってしまう。そのようなときに必ず手元に来てくれる気の利いたアシスタントのような存在があれば、お片付けロボットよりもコストパフォーマンスに優れたソリューションになると考えたのです。
――カチャカは片付け×ロボットを突き詰めていった結果、生まれた製品だったのですね。
はい。ロボットはアームがつくとどうしても値段が上がってしまいます。全自動で片付けができるアーム付きロボットを実用化する場合、非常に高額になるため、製品化には至りませんでした。カチャカはずっと低価格です。
加えて、ロボットが一つひとつのモノを認識し、掴んで、片付けるのは時間がかかりますが、人間がやれば一瞬で終わります。カチャカは人間が得意なタスクとロボットが得意なタスクをうまく組み合わせた構造になっていると思います。
その一方、カチャカはマーケティング的な難易度が高くなっています。アームがあるロボットならば「片付けをやってくれそう」というイメージをすぐに抱いてもらえるのに対し、「家具を運ぶロボットが片付けの課題を解決する」というのは伝わりにくい。これをいかに世の中に浸透させていくかが課題です。
載せるモノ次第で多様な価値が生まれていく
――2つ目の「モノを運ぶ」ということについてはいかがでしょうか。
特に配膳・下膳のシーンで多くご活用いただいています。カチャカに一気に載せてしまえばキッチンとダイニングテーブルを何往復もする必要がなくなりますし、カチャカで配膳をしながら、お子様の身支度やテーブルのセッティングを進めてマルチタスク化することなども可能です。その他は、帰宅したときにカバンを置いて部屋まで運んでもらう、洗濯物を運んでもらうといった使い方もあります。
――載せるモノによって幅広い使い方ができるのが、カチャカの面白いところですね。
はい。さらに言うと、動くという性質によって家具そのものが進化していく可能性もあるのではないかと思います。たとえば”裏と表で機能の違う家具”というのも、カチャカがあれば実現できそうですよね。表がホワイトボードになっていて、裏が収納になっているといったものです。今回は第一弾として最もベーシックなシェルフを発売しましたが、家具やアクセサリーのラインナップを増やしていくことによっても、より多様な価値を届けられるはずです。
――3つ目は、スケジュール機能を活かした習慣化。家具が人の行動を支援してくれるというのも、これまでになかった世界です。
アプリ上であらかじめ指定した日時・場所にシェルフを動かすスケジュール機能によって、読書やフィットネスの習慣化、お子さまの勉強リマインダーとしての役割を果たします。
ここまでに紹介してきたカチャカがサポートできるタスクの一つひとつは、小さなことかもしれません。ですが忙しく生きている人にとっては小さな改善でも嬉しいものですし、毎日繰り返し行っていることであればそのインパクトはさらに大きくなります。カチャカを通じて、忙しくても整った住環境を維持したり、ちょっとした煩わしさを解消したりすることで、毎日を全力で生きている人を応援できたらと考えています。
開発はラジコンのロボット・段ボールの棚から始まった
――続いて、企画・開発の様子を教えてください。
カチャカはPFNのRobot Integration Groupのプロジェクトの一つとしてスタートしました。PFNの西川CEOが「すべての人にロボットを」というビジョンを発表した後、PFNでロボット人材の採用が始まりました。社内にいくつものプロジェクトが生まれ、その中で製品化までたどり着いたのが、カチャカです。
PFNは、各プロジェクトに関してかなりシビアなマネジメントをしています。Robot Integration Groupにも社内審査を通ったプロダクトがカチャカを含めていくつかあったのですが、それぞれが3ヵ月に1回、経営陣にプロジェクトレビューを行っていました。そのレビューで一度でもNGが出たら、その時点でプロジェクトは終了になります。ドライに見えますが、そういった緊張感のなかで開発することはとても重要でした。
開発初期から一貫して大切にしているのは、頭の中で考えるだけでなく、実物を作って動かしながら進めていくことです。カチャカの場合はまずラジコンで作ったロボットでいろいろな棚を動かしてみることから始め、今のモデルになるまで3年のうちに10回ほどモデルチェンジしています。
――家庭用ロボットならではの苦労や難しさもあったのでしょうか。
家庭用ロボットの開発では、性能とコストのバランスをいかに実現するかが腕の見せどころです。性能面では、多様な住環境への対応が求められます。工場や倉庫のように一定の環境を維持できるわけではなく、床の材質、置いてある家具、人やペットの移動なども含めるとバリエーションが豊かです。さらに言えば、日光の入り方や照明条件など、1日の中でも環境は大きく変わります。社員が自宅に持ち帰って検証するのはもちろん、あちこちのレンタルスペースを借り、いろいろな住環境でカチャカを走らせました。
一方のコストですが、製品企画を立てた3年前と比べると円安が急激に進行し、原価が想定からどんどん上がっていきました。これに伴い、泣く泣く搭載を諦めなければいけなかった機能もあります。特に厳しかったのが世界的な半導体不足です。値段が2倍、3倍に上がるのが当たり前で、調達自体が難航する場面もありました。
――さまざまな逆境にもかかわらず、製品として形にできたことの重みを感じます。製品化にあたって、技術的なポイントを一つ挙げるとすればどこでしょうか。
特にこだわったのはチップの選定です。カチャカには、Snapdragonというスマートフォン用のSoC(System on Chip)に含まれるGPUやDSPが使われています。メーカー選定についても、NVIDIAがいいのか、Intelがいいのか、それともQualcommがいいのかといったことは、慎重に比較検討しました。
カチャカでは今、自動運転にも使われるような高機能なディープラーニングのモデルが4~5つ同時に稼働しています。これだけの性能のロボットを、平均消費電力は10W程度に抑えながら実現できたのは、ソフトウェアの技術とハードウェアの技術が高いレベルで融合したことによります。ここに至るまでに多くの困難がありましたが、メンバーの誰一人として心が折れることはなく、製品として世に送り出す日を迎えることができました。
ロボットは、動くコンピューター
――冒頭、「すべての人にロボットを」というビジョンに共感してPFNに入社したというお話がありました。このビジョンと、PFR・PFNのロボットに対する考え方を教えてください。
私たちは、ロボットを“動くコンピューター”だと考えています。人をはるかに凌駕する速度で計算を行えるコンピュータが、カメラやマイクなどのセンサによって感覚を獲得し、アクチュエータによって動けるようになったものです。コンピューターが人間の伴侶として人間の計算を助けてくれると、そこにいる人びとはより自由に、より直感的に活動できるようになります。
――最後に、カチャカの今後の展望を教えてください。
発売後も、新機能や改善をコンスタントにお届けできるよう開発を継続しています。大きな方向性としては、カチャカの操作をより直感的なものにしていきたいという構想があります。たとえばキッチンに置いてあるシェルフが、人が立ち上がった瞬間にすぐそばまで来てくれるとか、ユーザーが毎日使っていくうちに、カチャカが先を読んで何かをしてくれるようになる、といったことです。「この時間帯になったら、このアクションをするだろう」などとカチャカが行動を先読みしてくれたら、ますます便利に使えるでしょう。繰り返しになりますが、カチャカは載せるモノや家具が主役のプラットフォームです。お客様、パートナーと共に進化の可能性を見出し、育てていければ嬉しいです。
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また、カチャカはいまも進化を続けているプロダクトです。最新情報をキャッチするには、X(旧Twitter)をフォローしてくださいね。